雨の降る前、一瞬の「赤坂桐畑」

伊藤 三平

この図は広重の『名所江戸百景』シリーズの中の「赤坂桐畑」である。初摺りの1枚であり、私が感動して購入したものである。

原画は筆者所蔵

この水面は、今も赤坂に地名として残っている溜池である。往時には、その周囲に桐が多く植えられ赤坂桐畑といわれていた。

梅雨に入る前であろうか。空を黒雲が覆い始めている。今にも雨の降りそうな空を、ぼかしを入れることで表現している。降雨寸前の一瞬を切り取ったようだ。広重は雨、雪、風などの気象を描くことにかけては世界有数の画家ではなかろうか。

だから、印象派の画家達が広重に熱狂し、今なお欧米のコレクターが浮世絵を高く評価しているのだろう。(03年4月24日追記)

ヘンリー・スミス氏は名著『広重 名所江戸百景』の中で「岡の上の木には、黒地に草色を重ね、その上に黒を重ねるといった重ね摺りの手法により、微妙な味わいを出している。また藍地に黒を散らして重ねた雷雨の後を思わせる空も、心憎いばかりである(ここではバレンの跡がかえって効果的である)」と記し、この絵を雷雨の後としている。

空の下部が白くなっている所を、雨が上がったばかりの空と認識し、鮮やかな桐の葉を、雨によって洗われたみずみずしい姿と認識すれば、雷雨の後とも見えるが、雷雨の後は綺麗に晴れるものである。私は雷雨の前と認識したい。

静かな水面であるが、もうすぐに篠突く雨が降り注ぐことになる。それまでの静寂が表現されている。

この絵で使われている緑も美しい。後摺りでは、このように彩度の高い緑は見ないので、初摺りの美しさでもあるようだ。
桐の葉の緑は、ぼかしを使うことで、様々な階調の緑になっている。桐の若葉、遠景の松、地面の草など見事である。

池波正太郎は『江戸切絵図散歩』の中で、次のように書いている。
「溜池は、江戸城・外濠の水をまんまんとたたえた池だが、明治維新後、新政府によって埋め立てられてしまい、むろんのことに、私は見ていない。
溜池こそ見ていないが、太平洋戦争以前の山王社は知っている。
初夏のころの、この辺りの景観を何といったらよいだろう。まさに、新緑の洪水といってよかった。
山王様の境内へのぼり、眼下に赤坂の街衢を見わたすとき、吹きぬける薫風に、あたりいちめんの杜の樹々がどっと波立って声をあげる。」

表現力には相違があるであろうが、当時の江戸の人も、”新緑の洪水”、”吹きぬける薫風に、あたりいちめんの杜の樹々がどっと波立って声をあげる”という印象を持っていたと思う。
広重は、その印象を踏まえつつ、新緑にどんよりと黒雲が覆ってきた雷雨の前の空をかぶせて、このように驚きを感じる絵にしたのである。(2003年2月7日追記)

イタリア在住で、おもしろい作品を次々と執筆している塩野七生の著書の一節だったと思うが、確かな記憶ではない。そこに、日本人には緑色が似合うはずだが、緑色をうまく使いこなしている人に出会ったことがない、それに対して、イタリア人は、色の面積まで考えて、こんな色とこんな色が合うのというような組み合わせまで作ってしまうと書かれていた。

確かに、緑の服を着ている人の多くは白とか、黒とあわせていてつまらない。しかしこの浮世絵を見ていただきたい。江戸時代の日本人は、このように緑を器用に、しかもセンス良く使っていたのだ。

青、藍、水色の使い方も見ていただきたい。木版画の良さなのか、どうすれば、こんな空の色、水の色が出せるんだろう。

また前面の近景の大きな桐の濃い茶色の部分や下の草の部分、黒い空などに雲母刷り(きらずり)がみられる。初摺りによく見られる手の込んだ摺りである。これが平面的な版画に立体感を与えているような気がする。

この構図はどうだろう。大きな桐の樹を近景として画面の真ん中に据えている。私だったら左か右にずらしてしまう。 そして桐の樹の上方も途中で切れている。私もそうだが、あなたがカメラを持っても、こういう構図で写真は撮らないであろう。これで絵にしてしまうのだから凄い。

空の下方、画面で見ると中央部分が白く明るいので、奥行きの広がりが出ている。こういう遠近法もあることが理解できる。

この絵が描かれたのは安政3年(1856年)である。この雷雨の前の静寂と緊張感は数年後に訪れる幕末の騒乱を暗示しているようだ。

近景の大きな桐の木が徳川幕府か。大きな桐の木のようだが、葉の大きさから比較すると大樹ではないようだ。大きく見えても大したことはない幕藩体制を比喩しているのであろうか。

あるいは桐は、菊と並んで天子の象徴であることから、幕府が倒れ、天皇の世になることを予知したのであろうか。

優れた芸術家は時代の予知能力があると言われる。この絵を観ていると、そんなことも想ってしまう。

(注)タンザニアが広重生誕200年の記念切手を発行しており、その図柄に「赤坂桐畑」が使われているのを知った。

この赤坂桐畑が、私がはじめて購入した浮世絵である。だから浮世絵を入れる額も併せて購入することになった。
浮世絵商によると浮世絵は角が丸い浮世絵額に入れるのが普通とのこと。
家で飾る壁面を考えながら、そして、この図柄が持つ和風ではない、近代性にとまどいを感じながら、浮世絵額の購入に同意したが、帰宅してから何度考えても、角が丸い和風の浮世絵額がふさわしいとは思えなかった。そこで、再度出向いて角が角張っている額に変更してもらった。

「水道橋駿河台」の鯉のぼりの図を飾った後の今頃(5月〜6月)にかけてあるが、江戸時代のものとは思えない。現代に作成したと言っても何の違和感がない。この近代性は何から生じているのであろうか。不思議な魅力を持つ絵である。(03.6.1追記)


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